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良いことも悪いことも“のさり”と受け入れる天草地方の精神性を活写


ドキュメンタリーでも定評のある山本起也が映画「のさりの島」を監督した。同作は「おくりびと」の脚本や熊本県PRキャラクター「くまモン」の生みの親で知られる小山薫堂プロデューサーのもと、熊本・天草地方で撮影。天草の文化因習が作品に色濃く反映されており、独特な時の流れや空気が観る者を不思議な感覚へと誘う。「のさりの島」は過疎地の日常を基調としているが、リアリズムから飛躍した「映画の嘘」も随所に見られ、じんわりと胸にしみてくるのだ。しかも、いわゆるオレオレ詐欺の青年と狙われたおばあちゃんの物語で、そもそも嘘が題材になっているのも肝。監督に成り立ちの経緯を尋ねた。

「2014年に佐村河内守の事件がありましたよね。自作と称していた楽曲が実はゴーストライターの手によるものだったとわかり、彼は激しくバッシングされます。でも僕は、世間の人がなぜそんなに怒るのか疑問で。おそらく『嘘』は悪という意識があるからですよね。ただ、嘘はいけないけれど、嘘に救われることもあるんじゃないかと・・・。嘘は人間の抱えた凸凹を寛容に受け入れてくれる面もあると思うんです。そう思ううち『騙されたけど悪い気はしなかった』という感触の映画を作れないかなと考え始めたんです」


(C)北白川派

その後、紆余曲折を経て、オレオレ詐欺を扱う脚本が出来上がっていった。地方都市のシャッター街を舞台に設定したが、その地域からすればオレオレ詐欺の映画はあまり嬉しい話ではない。山本は、自身が所属する京都芸術大学の副学長である小山薫堂との繋がりを頼りに熊本県庁を訪問。京都芸術大学映画学科のプロジェクト「北白川派」の第7弾として、企画が動き出した。

「県庁ではシャッター街やオレオレ詐欺といった構想に苦笑いもされたんですけど、対応は協力的で、天草の銀天街を紹介してくださいました。銀天街にはすぐ惹かれましたね。シャッター街ではあるんだけど悲愴な感じがなく、しっとりと瑞々しく滅びていくというのかな(笑)。そのあと薫堂さんに相談したら『映画を撮るなら市民の意見を聞こう』ということで、早速天草で語らいの場を作って下さいました。すると、みなさんオレオレ詐欺の話をニコニコ聞いてくださる。そして『監督、そん話、天草だとあるかもしれんばい』とか『そういうおばあちゃん、いるよ』という言葉をいただいた。それを聞いて、ここで撮れると確信したんです」

監督は「天草の寛容さや精神性」に触れ、背中を押されたのだ。

「映画は嘘の話を作るけれど、自分自身どこかでその嘘話を信じたい想いがある。天草を舞台にしたら、僕もこの嘘話を信じることができるかも、と思えた。だから街や店は実名のまま取り込ませてもらっています」

主人公を演じるのは“将太”をかたる藤原季節と艶子おばあちゃん役の原知佐子だ。藤原は「止められるか、俺たちを」などで好演してきた若手実力者。原は「赤いシリーズ」など往年のドラマでイビリ役として活躍したが、撮影時は80歳を過ぎており、近年は現場から遠ざかっていたという。そんな二人の会話が、嘘とリアルを奇妙に織り成していく。

「80代で地方ロケができる俳優のキャスティングは実際難しい。かといって60歳ぐらいの方をメイクで老けさせるのもイヤだなと。そんな時、高橋伴明監督に原さんを薦められたんです。伴明監督の言葉には、僕は運命を感じちゃうんですよ(笑)」



(C)北白川派

原は久々の現場ということもあり、スタッフ一同、フォローに追われることも多々あったそうだが、ある種クールで何を考えているのかわからない独特の佇まいは圧巻。対する藤原は物怖じや忖度がなく、監督は藤原からの芝居の提案を楽しみながら撮影を進めた。ちなみに、北白川派はプロと学生の協働で映画製作を行っている。「のさりの島」はその第7弾に当たるが、2012年の第3弾「カミハテ商店」でも監督を務めた山本に手応えや意義など尋ねてみると、厳しい意見が・・・!?

「学生との現場は“我慢”のひと言(苦笑)。『のさりの島』では途中で小道具のミスが発覚して頭を抱えました。ただ、そうした失敗は痛みとして自分の中に残る。それが学生にとっては成長なんですね。すぐにはわからないかもしれませんが、学生は次の現場で、いつの間に成長している自分に気づくのだと思います」

また、「のさりの島」ではキャストにも京都芸術大学俳優コースの若手を多数起用。柄本明や吉澤健、外波山文明ら存在感たっぷりのベテランが脇を支える。



(C)北白川派


「のさり」とは、良いことであれ悪いことであれ、自分の今ある境遇は「天からの授かりもの」という意味で、そのすべてを受け入れる天草の精神の象徴的な言葉だ。〈嘘/本当〉〈善/悪〉など二元論のもと対立や分断が絶えない今、のさりの心は現代人に多くの気づきをもたらすはず。青年の嘘がおばあちゃんの嘘を招き、ひと時生まれる、現実を超えた真の人間関係ーー。観終わった後の気分は、きっと悪くないだろう。

「のさりの島」

◎5月29日(土)から全国で順次ロードショー
 愛知県では、6月19日(土)から名演小劇場にて、
 7月23日(金)から刈谷日劇にて公開

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