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ある家族と労働闘争の実話が現在に重なって見えてくる


「ハチ公物語」「遠き落日」の神山征二郎監督が記念すべき30作品目となる映画「時の行路」を完成させた。田島一の同名著書と「続・時の行路」「争議生活者」を原作に、実際に起きた労働闘争とそれに書き込まれていったひとつの家族を描く社会派の一本。舞台は2008年だが、奇しくも日本の現在と重なって見えてくる展開は大きな見どころだ。7月に79歳の誕生日を迎えたばかりという神山監督に話をうかがった。
「鈴木京香さん主演の『救いたい』以来6年ぶりの監督作となりました。たまたま30作目になりましたが、来年で監督業50年、日本大学芸術学部で監督コースを専攻していた頃から数えると60年ぐらいこの仕事に関わってきたことになります。同世代でまだ撮っているのは、もう、山田洋二さんぐらいじゃないですか」
2008年、アメリカの大手投資銀行の経営破綻に端を発し、世界経済は混乱。もちろん日本も影響を受けていた。主人公の五味洋介が働く大手自動車メーカーの静岡・三島工場では、契約期間内であっても非正規労働者を大量解雇。得意先にべったりの派遣会社にも騙され、洋介をはじめとした多くの労働者たちが職を失ってしまう。青森・八戸で暮らす家族に仕送りしながら頑張ってきた洋介は当初、途方に暮れていたが、熱心な労働組合員や弁護士の説得もあって、会社と闘うことを決意する……。洋介役に石黒賢、その愛妻・夏美には中山忍。石黒は「白い手」で、中山は「宮澤賢治 その愛」で神山作品を経験している。
「洋介はモデルになった男性が実在します。工場で働く人には働き盛りの方が多く、お子さんの進学問題も実際にあった出来事です。最近こういうタイプの社会派作品を嫌う傾向の俳優プロダクションもありますが、石黒さんも中山さんも快く引き受けてくれました。そこからスタッフもすぐに決まっていって、一気に進みましたね」

(C)「時の行路」製作委員会

実はもともと神山が監督予定ではなかった本作。親しいプロデューサーからシナリオを渡されて読んだところ、手直しの必要はあるが、可能性があることも直感したという。
「日本は一見、栄えた国なんだけど、みんな幸せそうに見えないし、どこか病んでいる国。そういう部分を感じて、これは映画になるなと。また、石黒さんと中山さんの演技にはリアリティがあって、本当の夫婦に見える。『一にシナリオ、二に役者、三、四がなくて、五に監督』とは、昔からよく言われてきたことです(笑)。この映画は愛情と苦しみみたいなところに焦点を合わせた結果、ごく自然に感情移入できるものになったと思います」
新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない現在。1989年にバブル崩壊以降、じりじりと低迷の一途をたどってきた日本経済は、さまざまに強いられる行動制限によってますます悪化が見込まれ、企業の人員整理が再び本格化するのも時間の問題だろう。「時の行路」を観ても痛感するのは、自分がその立場にならないと、社会のどんな事象にも無関心になってしまう日本人の在り様だ。明日は我が身――。この映画は決して他人事ではない。
「時の行路」 ◎8月15日(土)~、名演小劇場にて公開 公式サイト

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