熊澤尚人監督に、千原ジュニア主演「ごっこ」待望の公開までを尋ねる
漫画家・小路啓之の「ごっこ」が熊澤尚人監督によって映画化された。企画が動き出したのは2015年の夏。怒涛の進行で2016年1月には撮影が終了するも、事情によって完成・公開が延期となり、その年の秋には原作者の小路が享年46歳で他界した。思いがけない事態の連続ながら、諦めなかった熊澤たち。公開が小路の命日である10月20日になったことは不思議な巡り合わせだ。あらためて原作との出会いから、困難の道のりを監督に尋ねた。
「プロデューサーから話をいただいて読んだのが最初で、漫画ならではの魅力が炸裂していて衝撃を受けました。小路さんは漫画の強みや凄さを熟知していて、『ごっこ』はポップでSF的。独特の画風はアートのようでもあり、唯一無二の作品だと感じました」
原作には多様な問題が詰まっているが、映画では主人公・城宮と少女ヨヨ子の“親子ごっこ”に焦点を当て、ふたりの変化や成長を捉えている。引きこもりの城宮は幼児虐待を受けているとおぼしき少女を連れ去り、彼女のひと声で「パパやん」になる。しかし父親になってみると、それまでの生活ではダメだということに気づく。城宮は職に就き、衣食住も充実していくふたりの人生は好転して見えたが、反面、徐々に何かが狂い始めていた――。
「原作は年金不正受給や育児放棄など社会の暗部も題材にしていて、その中で家族の問題、特に疑似家族という要素に力を置き、映画化しました。映画は社会や心の闇を表現するのが得意ですから。かねてから、今の社会の不寛容さを題材にした作品をつくりたいと思っていました。世の中には生きるのが下手な人間がたくさんいます。上手く生きられない人が自分より弱い人に出会ったことで、弱い人を何とか助けようとする。それがきっかけで、自分も前に進むことになり、人間的にも成長する……、そんな映画を作ろうと考えました」
原作の舞台は大阪だが、予算や時間の都合でロケは関東周辺で行われ、キャスト&スタッフ一丸となって撮影した。特に主演の千原ジュニアはレギュラー番組を抱えて多忙にもかかわらず、リハーサルから熱心に準備。久々の主演作で強烈な存在感を放った。一方、相手役と言うべきヨヨ子を演じる平尾菜々花も目力で負けていない。最強の疑似親子誕生だ。
「千原ジュニアさんは『ポルノスター』や『岸和田少年愚連隊 血煙り純情篇』で大暴れしている姿が印象深く、刃物のようであり、闇を背負った雰囲気も城宮を演じるにはいいと思いました。ジュニアさん自身、引きこもりだった経験があるので、脚本で当て書きした部分もあります。現場では『あまり芝居をしようと意識されなくていいです』とお伝えしたら、想像を超える怪演の連続で、ジュニアさんがどんな姿を見せてくれるのか楽しみな撮影の日々でした。ヨヨ子は100人以上の子どもたちと会ってオーディションしたんですが、その中に天才少女がいて。それが菜々花ちゃんでした。ヨヨ子は謎を抱えた不可思議さがあり、意志が強く変わった子、世間を斜に見ている子の半面、子どもらしい勝手さも見せたかった。そういう難易度の高いことを言葉で説明するものの、普通、9歳の子にすべての意味が理解できるはずはないんです。ただ、菜々花ちゃんは想像力、感じる力が物凄くて、こちらが欲しているものを飲み込み、演技で示してくれたから驚きました」
また、ふたりに関わる人々の中で印象的だったのが、城宮の幼なじみで警察官のマチだ。優香演じるマチは、ある意味いちばん厄介!? 善意は時に残酷だと感じ、怖くすらなった。
「もちろんマチに悪気はないんですけど、キーパーソンとして利用させてもらっている面はあります。マチが城宮におせっかいなのは恋愛感情からきていますが、善意の行動が誰にとっても良いとは限らない。ただ、ボタンの掛け違いはあっても、最終的にマチは城宮にもっと素敵なことをもたらします。そこが人間の関わり合いの複雑なところですね」
他にも、城宮の父をせつなく演じた秋野太作、コワモテかつコミカルな役回りで物語をなごます中野英雄、裏社会に通じる怪人物を演じた石橋蓮司ら、ベテラン俳優陣が映画に深みを与えている。さらに、ちすん、清水富美加の熱演も忘れられない。なお、主題歌「ほころびごっこ」は川谷絵音の作詞・作曲でindigo la Endが担当。本作の複雑な余韻を増幅させている。そこに至った、作り手たちの連鎖にもグッとくる。
「この映画は事情があって一度お蔵入りになりかけましたが、仮編集したものを観てくださったプロデューサーの芳賀正光さんに救われました。そして芳賀さんが本作を紹介した方々の中に川谷さんがいたんです。川谷さんは自ら協力を申し出てくださって、届いた楽曲を聴いた時に『川谷さんはやっぱり天才なんだな』と思いました。僕は自分なりに漫画とは違う“もうひとつの『ごっこ』”を作りました。映画を観た川谷さんもまた、音楽でもうひとつの『ごっこ』を作ってくれたのは、嬉しかったですね」
「ごっこ」 ◎10月20日(土)~、名演小劇場にて公開 http://gokko-movie.jp/