末井昭の自伝的&伝説的エッセイを冨永昌敬監督が柄本佑主演で映画化
末井昭の名前を聞いてピンとくる人は、かつてのサブカル青年か、はたまたパチンコ愛好家か。あるいは「思春期お世話になりました」という殿方かもしれない。末井は「NEW self」「ウイークエンド・スーパー」「写真時代」「パチンコ必勝ガイド」を創刊した名物編集長。彼が幼少期から破天荒な編集者時代までを綴った「素敵なダイナマイトスキャンダル」(ちくま文庫)もまた、知る人ぞ知る名著だ。その伝説的エッセイを冨永昌敬監督が映画化した。冨永に話を聞くと、まず動機が興味深い。
「原作の全部を詰め込むのは無理な一方で、末井さんご本人から聞いた話や他の著作からのエピソードは入れました。末井さんはご自分の経験や思ったことをエッセイに書いていますが、僕が惹かれたのは、しいて言えば文体なんですよ。書かれた出来事よりも、文体の方に何とも言えない力を感じたんです。面白おかしいことと悲惨な少年時代が同じ調子で書かれていて、時おりゾッとするほど。言い換えると、末井さんから出てくる言葉が好きなのかもしれませんね」 書籍「素敵なダイナマイトスキャンダル」
末井は7歳の時、母親を自殺で亡くしている。肺結核で医者にも見放された母親は、隣の家の若い男とダイナマイトを使って心中したのだ。「素敵なダイナマイトスキャンダル」ではその壮絶過ぎる体験が、1970~80年代カルチャーシーンの活況や、創刊と発禁を繰り返すエロ雑誌現場の狂乱と同様のトーンで書かれている。末井は平易に淡々と文章を紡いでいて小気味好い。ただ、その感覚に冨永は映像でどう応えたのだろう。
「映画にも文体はありますけど、現場に対応しながら人間をどう見せるかの方が問題で、人間が光るようにしたいと思っています。その上で今回、末井さんの言葉の柔らかさ、時に冷淡なところを意識しました。良いことも悪いこともフラットにというのか」
そうして浮かび上がるのは、末井昭という一種異様なエネルギーを抱えた人間。実在する難しい役柄を演じたのは、個性も実力も際立つ俳優・柄本佑だ。冨永が「ずっと佑くんが出ている映画」と言えば、末井も「他人の気がしない」と柄本の演技に太鼓判。末井の人間像が柄本の身体を通して存分に表れている。しかし面白いのは柄本だけじゃない。「素敵なダイナマイトスキャンダル」の発端と言える母・富子役には尾野真千子が配され、作品全体に鮮烈な色を添えている。他にも妻・牧子役の前田敦子、友人・近松さん役の峯田和伸(銀杏BOYZ)、ヌード写真の修正をめぐって末井と攻防(?)を繰り広げる刑事・諸橋役の松重豊、モデル斡旋業者・真鍋のオッちゃん役の島本慶(舐達磨親方)、そして父・重吉役の村上淳と、魅力的な俳優がそろう中、愛人・笛子役の三浦透子はコケティッシュな感じから徐々に不気味さを発揮していって怪演。さらに音楽家の菊地成孔が、写真家・荒木経惟に当たる荒木さん役で映画初出演を果たしている。「菊地さんはホントかウソかわからないことを、ペラペラと、しかも無限に喋れる人(笑)」と語る冨永たっての願いが叶った。
なお、菊地は「パビリオン山椒魚」をはじめ冨永監督の映画音楽を何度か手掛けてきたが、本作では全編に漂う危うい空気が音楽でも強調されて出色。また、末井本人と尾野真千子が歌う主題歌「山の音」も切なく美しい。
もちろん音楽以外でも優れたスタッフワークは随所に。冨永は「時代や文化、風俗を描こうとはしていないんですよ」と言うものの、衣装や美術、画の質感にも時代ごとの変化がうかがえ、当時を知らなくても熱気に煽られて興奮する。それでも冨永は、末井や彼らの時代を冷静に見つめ、こう語った。
「末井さんはエロがあまり好きじゃなかったみたいですよ。何でもいいからデザインの仕事を目指していたら、エロにたどりついただけ。だからエロ雑誌を編集することになった時も、学生が興味を持てるようなポップなカルチャー誌の要素を加えたんです。また、末井さんは“売れる”ということを常に念頭においていた点でも一本筋が通っていた。僕自身、芸術やアートという言葉を信用していませんけど、末井さんが荒木さんと仕事をしていた頃のエピソードには、『ゲージュツだから脱いで』と言ったり、芸術を軽んじているところがありますよね。例えばオマンコラージュという企画も、末井さんにとってはエロでも芸術でもなく、ただ面白かっただけなんだと思います」
「素敵なダイナマイトスキャンダル」 ◎3月17日(土)~、センチュリーシネマほかにて公開 http://dynamitemovie.jp/