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関西発・名古屋初が続々やってきた「ビジターズ」、ラストは空の驛舎


AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)の劇作家養成講座「伊丹想流私塾(現・伊丹想流劇塾)」と名古屋の劇場「ナビロフト」が提携する形で、関西の優れた演劇を次々と当地に紹介してきた連続企画「Visitors」も残すところ1劇団となった。ラストを飾るのは劇作家・演出家の中村ケンシ率いる劇団「空の驛舎(そらのえき)」。新作「かえりみちの木」を携える彼らは今回、ターニングポイントを迎えるかもしれない。作・演出の中村に話を聞いた。

「戯曲や演出作が関西以外で上演された経験はあるんですけど、劇団として他の地域で公演を行うのは初めて。結成15年目、これまで引きこもりがちだった私たちですが(苦笑)、師匠である想さん絡みの企画だけに、やらなければ後悔すると思ったので参加しました」

想さんとは、伊丹想流私塾の塾長であり名古屋を代表する演劇人・北村想のこと。Visitorsは、関西で北村の薫陶を受けた劇作家たちが、かつて北村の活動拠点だったナビロフトで公演する点も眼目となっている。中村は「ナビロフトは聖地。いい空間ですよね。天井が高いところも好きだし、周辺も気持ちいい」と語り、緊張と喜びをあふれさせる。また、中村にとっては「中村賢司」から「中村ケンシ」に表記を改めたタイミングとも重なった。

「読み易さとともに、心機一転をはかったところはあります。作品が次の展開になかなかいかないもどかしさや、もっと違う世界を見たいという想いが募っていたので。そういう時に名古屋公演の話をいただき、『今、変えよう』と決断できたんです」

「かえりみちの木」は、ある里山の大樹をめぐる会話劇だ。ちょっとした観光地、パワースポットとなっているには巨木の下では、中年のガイドが歴史を語る傍ら、天然酵母パン屋の夫婦、保護犬猫施設で働く女性、精神疾患の療養施設で暮らす男性……、、他にも何かワケのありそうな男女が立ち寄っては去っていく。

「私自身が数年前に適応障害を抱えていた頃、ドライブに出掛け、樹齢千年のケヤキの木と出会ったんです。そこは本当に気持ち良くて、数カ月に一回通っていました。気になる場所や人のストックは普段からあって、そこに生活感情が結びついた時、戯曲を書き始めます。今回で言うと、現代人には“アジール”とか避難所や駆け込み寺のようなものが必要なんじゃないかと考えるうち、大木の下がぴったりだと感じて」

SNSの普及で里山ブームが起きるという、以前はあまり考えられなかった現実を踏まえ、中村は里山を舞台に現代性を切り取ろうと試みる。同時に演劇への信念も更新される様子。

「言葉を大切に、人が発するところを丁寧に描き、人間を表現していきたいんですよね。矛盾を背負った人間というものを……。そのために、会話の中で登場人物ひとりひとりの生き様を提示しながら、テーゼ/アンチテーゼを内包させ、弁証法的に取り組みたい。また、今までは知っていることや経験に根差したことを書かなければいけないと思ってきましたが、一歩踏み込むために、わからないことも書こうと思っています。破綻しても感覚を優先するというのか。結果『新しいね』と言っていただけたら嬉しい」

「生き難い社会を生きていくための思想は必要で、それが演劇の使命」と言う一方、「思想は書こうと思って書けるものではない」とも続け、中村は演劇を制作する苦悩と面白さの両方を実感しながら、その存在意義を深く問い詰めてきた。しかし結成15年目ともなり、俳優やスタッフとの信頼関係も確かな現在、少し肩の力を抜いて、のびのびと演劇に向き合う姿勢ものぞかせる。「“かえりみち”が道標になれば」という言葉は、観客にとってだけでなく、空の驛舎の未来に関わる宣言なのかもしれない。

空の驛舎「かえりみちの木」 ◎2月24日(土)・25日(日) ナビロフト 前売3000円 当日3300円 ユース(22歳以下)2000円 高校生以下1000円 空の驛舎 公式サイト ナビロフト 公式サイト

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