気鋭・林慎一郎がコインロッカーの迷宮から見つめる都市のすがた
9月から開催しているイベント「Visitors」のラインアップ第3弾として、極東退屈道場が名古屋初登場を果たす。当地の劇場「ナビロフト」と伊丹市の劇場「AI HALL」が運営してきた「伊丹想流私塾」との提携によるこの交流企画では、関西屈指の劇作家が率いる4団体が続々来名。劇作家は全員、名古屋が誇る劇作家・北村想の薫陶を受けた逸材だ。中でも、極東退屈道場を主宰する林慎一郎は注目度が高い。2011年の「サブウェイ」で第18回OMS戯曲賞、2013年の「タイムズ」でも同賞特別賞を受賞。そして近作「PORTAL」では岸田國士戯曲賞の最終選考に残り、活躍の場は広がっている。林に話を聞いた。
林「名古屋には、以前やっていた劇団で一度だけ来たことがあるんですよ。極東退屈道場を立ち上げてからは「サブウェイ」で地下鉄のある都市を巡演したことがあるんですけど、名古屋だけ実現しなくて。受け入れ先や提携できる相手先がなく、自力で行くには難しかったからです。それが今回、虚空旅団の高橋恵さんやナビロフトのプロデューサー・小熊ヒデジさんが尽力してくださったおかげで名古屋に来ることができて本当に嬉しい。心境としては緊張しかありませんが、他の3劇団とともに名を連ねる形ですし、想さんが伊丹で育てた後進の連続公演という意味で「名前は聞くけど、実のところはどうなんだ?」と問われる場でもありますから、ヘタこけないですね(笑)」
極東退屈道場の主宰で、劇作家・演出家の林慎一郎
林は膨大なモノローグとともに映像や身体表現も生かしながら、俯瞰した都市を舞台に出現させてきた。携える新作「ファントム」も都市を見つめる作風は同様だが、都市を構成する最小空間のごとき“コインロッカー”を題材にすることで視点に変化が生まれている。
林「コインロッカーは、かねてからモチーフとして面白いなと感じていて。荷物を一旦預けるだけの都市独特の装置ですけど、そこに多目的性がある。調べてみると、前回の東京オリンピックの時に誕生したという話もあるんですよね。ただ、現代ではあの形状がだんだん納骨堂のようにも見えてくる。ああいうお墓の形態ありますよね? そう考えると、大切な何かが預けられているのかもしれない。私たちの知らないところで、何か大事な目的を果たしているんです」
登場人物は6人の男女。彼らはコインロッカーの中で目覚め、小空間の向こうにある世界をさまようことに……。
林「『不思議の国のアリス』みたいに、鍵をあけてロッカーに迷い込んだ誰かが、最初は扉の方を見ていたけど振り返ってみたら壁がなくて、街が広がっているという……。そのロッカーの中の街を旅する演劇です。ロッカーに迷い込んだ人は何を追いかけているのか。『鏡の中のアリス』には、主人公の夢かと思いきや別の人の夢だというような展開がありますけど、観客の目線を代弁する人がどんどん変わっていく趣向を考えています。そうして“都市が見ている同じひとつの夢”のようなものを感じていただけたらいいなと。目に見えているものから頭の中にあるものへと、街の見方が変化していく感じです」
“街”とは、どこでもあってどこでもないような、都市と呼ばれる空間の普遍的イメージかと思って話を聞いていたが、意外にも林の念頭には具体的な風景があった。しかも、その原因は師・北村とも関係している。
林「この“街”は故郷の象徴というのか、かつていた風景のイメージです。以前、僕の故郷である函館で公演をやった時に想さんが来て、函館の印象を話してくださったことが記憶に残っていたんですよ。想さんには函館の様々な風景の同居具合がおかしく映ったようで、自分が生まれ育った街の“つぎはぎ感”が新鮮に思えたんです。故郷について他人の口から、ましてや劇作家から語られるのも初めての体験で、よく覚えていたんですよね。今回はっきりとは明言していませんけど、どこかで函館を意識していたことは間違いないです。都市を書くというのは、自分の記憶の物差しと比較する作業なんだと思います」
このインタビューには、実は北村も同席。林の作品について「非常に知的な趣向にあふれている。“知的・吉本新喜劇”と書いておいてください(笑)」と冗談も交えながらPRした。そして、Visitorsと愛弟子たちについて次のように語っている。
北村「先に公演した劇団を観てクオリティを知った人たちは、今回もきっと来てくださると思いますよ。しかも、トップを飾った光の領地が一種の社会派だったのに対し、2番目の虚空旅団は文学性も豊かに人間関係を描いていました。次に来る極東退屈劇場もそうですが、同じ想流私塾の出身といっても個性が全く違う。そこが面白いですよね。先の2劇団は役者もうまかったし、あんな役者は名古屋になかなかいない」
俳優やダンサーで構成された「ファントム」のキャスト陣
確かに戯曲や演出のレベル、俳優の技量など、異なる地域性の中で育まれた演劇は当地の演劇人にとっても学びが多そうだ。
北村「私自身、今は名古屋の演劇シーンを挑発してみたいんですよ。批評性の乏しくなっている状況に、Visitorsという企画、そして全然タイプの異なる4人の劇作家は、刺激を与えてくれると思います。想流私塾は、劇作の手法を教える塾ではなく、劇作家を育てる塾。その成果は、今回来る4人の劇作家が示してくれます」
呼応するように林も「塾に通い始めた初期段階で、書き方を教えてもらえるわけではないことがわかりました(苦笑)。今では、困った時に唱える呪文を教えてもらったんだと。戯曲が書き進まなくなった時は、想さんの言葉を思い出しています」と語る。そして最後に林は、こんな先達についても少しだけ聞かせてくれた。
林「『PORTAL』という作品で松本雄吉さんと仕事をしたことは、言葉と踊りの関係についていろんな気づきを与えてくれました。最近では、能とのコラボレーションでも歌って踊ることの関係性を知りました。そこで今回、例えば“階段の上り下り”と台詞を具体的に結び付けてみて、所作ではなく踊りに見えるようにならないかと考えています。いつもは振付のみ依頼してきた原和代さんに出演もしてもらうので、どうなるか……。また、美術の柴田隆弘さんも長く現場をともにしてきたので信頼はあついですね。維新派の『呼吸機械』など手掛けた方で、受賞歴も華々しいんですよ」
段差が複雑に組み合わせった舞台装置は、ナビロフトを見たことのない空間に変貌させてくれそう。なお、WEB予約限定のリピーター無料特典もあるので、一度と言わず二度も三度もご観劇あれ。 *舞台写真はすべて「ファントム」伊丹公演の様子 撮影:清水俊洋
極東退屈道場「ファントム」 ◎12月9日(土)・10日(日) ナビロフト 前売2500円 ペア4500円 ユース割引(22歳以下)2000円 高校生以下1500円 ※当日券は各500円増し。 ※WEB予約のみリピーター無料特典あり。 極東退屈道場 公式サイト ナビロフト 公式サイト