アングラの息吹と不条理劇の定石が同居する、B級遊撃隊の最新作
劇作家・佃典彦と言えば、名古屋を代表する不条理劇の名手。外部執筆にも多忙な佃が、自身の率いる劇団B級遊撃隊でいつにも増して自由に筆をふるっている。新作「不都合な王子」は、オスカー・ワイルドの童話「幸福な王子」と森昌子の名曲「越冬つばめ」が題材というだけでもユニークなのに、そこへ佃はアングラ芝居の空気も盛り込んだ。
佃「唐十郎さんの状況劇場を初めて観たのが『新・二都物語』だったんですけど、あとで戯曲を読だら『鉛の心臓』という作品も併載されていたんです。オスカー・ワイルドの『幸福な王子』のようなことが書かれていて、当時20代だった僕にはチンプンカンプンで(苦笑)。でも、少し前に童話を題材にした新作の依頼を受けた時『幸福な王子』を読み返したら、やってみたかった気持ちを思い出したんですよね。それで若い頃の想いを果たしてみようと。だから、アングラを書いている気分で作ったんです。この台詞を李麗仙が言ったらどうだろうとか思いながらね(笑)。ただ、あの頃の役者って独特の存在感があって、舞台の上の居方からして違うじゃないですか。今回の役者たちは苦労してますよ」
苦労を負うのは役者だけでなく、演出を手掛ける神谷尚吾も同様。劇団創立時から佃と歩んできた神谷は、いつもと少し違った趣向にも動じない。
神谷「過去の記憶や潜在的なものが思い出される感覚にはアングラの気配がありますけど、僕自身は野田秀樹さんの『小指の思い出』に通じるものを感じたかな。僕はアングラの演出と言われてもわからないし、演じる役者たちにも無理があるので、自分たちなりにやるだけです。アングラ芝居には、よく叫ぶイメージあって、抵抗感があるんですよね。ただ、鄭義信さん作・演出の『パーマ屋スミレ』を観たら、すごく感動して。根岸季衣さんや南果歩さん演じる三姉妹が激しくぶつかり合うんだけど、それもいいなと思えたんです」
「幸福な王子」は切なく哀しい、どちらかと言えば静かな物語という印象だが、「不都合な王子」には激しさがあるのだろうか。すると、佃から「幸福な王子」に激しい批判が……!?
佃「王子は自分のサファイアの目を、マッチ売りの少女だとか病気の子がいるお母さんだとか、貧乏な劇作家とかにもね(苦笑)あげるんだけど、それって不公平をまきちらしているだけなんじゃないかと。世の中にもっと不幸な人はいくらでもいるんですよ。そう考えたら、どういう基準? 何チョイスなの?? 酷い話だなと思えてきたんです。でも、その“不出来な童話”というところに引かれたんですよね。エンデの『モモ』もそうでした。世間では良い話でも、どこか不備があるという……。王子からサファイアの目を託されたツバメは、本物の不幸を背負った人に渡すんだと言うけれど、例えば〈死〉ひとつとっても幸せなのか不幸なのかの判断は難しい。誰かにサファイアを渡すことは勇気がいるんです」
左奥が佃典彦。まどか園太夫が不在だったため主人公を代演している。
注目度急上昇の鈴木理恵子が客演。右は徳留久佳。
舞台は北の町が見渡せる丘、主人公は銅像の脇にたたずむ女。彼女はサファイアを持っている。つまり「幸福な王子」のツバメに当たる存在だ。今日そこには三人姉妹がやってくる。弟が臓器提供した相手から告げたいことがあると言われ、その人と会うために――。
佃「主人公の女は80年ほどたたずんでいるので、冬も越えている。文字どおり“越冬つばめ”というわけです。この人は、娘盛りを無駄にしてしまった女なのかなぁ……」
出た、森昌子「越冬つばめ」!
佃「原作では溶鉱炉に残った王子の鉛の心臓をツバメが天国へと持っていきますが、この芝居では、残った心臓が別の誰かの左胸に埋まって永遠に動き続けているという設定。鉛の心臓がひとつ鼓動を打つ度、時が巻き戻り、最終的に王子までさかのぼるんです。心臓を受け継いだ紙芝居屋の親父、これを僕がやるんですが、親父と女はリヤカーを引きながらあちこちで紙芝居を見せている。北村想さんの『寿歌』に出てくるゲサクとキョウコみたいな感じですね。親父は死が近づいた時、サファイアを女に託し、リヤカーとともに消えてしまう。そして女は、何十年もサファイアを抱え続けながら旅することに……。そのうち『こんな難しいお使いを私に託して、アノ野郎!』と、怒りの鉾先が親父に向かいます(笑)。ひとりの女が抱えている物語に、みんなが巻き込まれていく様相ですね」
身体の一部が人から人へと渡ったり、心臓の鼓動とともに時がさかのぼったりするあたり、アングラらしい展開。さらに佃は、意外な名作からの引用も試みている。
佃「登場する姉妹は、チェーホフの『三人姉妹』と重なっています。過去にも現代にも“娘盛りを無駄にした女”がいるという構造ですね(笑)。そこが女と三人姉妹の接点にもなっていきます」
童話とアングラと森昌子とチェーホフ。並べただけで、もう面白い。それでいて本作は、佃の真骨頂である不条理劇でも貫かれているようなのだ。神谷は、こう考えている。
神谷「サファイアを渡す相手を求めて“何十年も待つ女”って、不条理劇の典型じゃないですか。狂気に近いですよね。そのエネルギーみたいなものが舞台にあふれればいいなと。登場人物は、わりと悲惨ですよ。みんな幸せになりたくて生きているけど、それをどう拾い上げていくか……。演劇は理解できる/できないじゃ成立しないし、なんとなく台詞を言う、なんとなく芝居をすることは、やっぱり嫌だなと。それは今あらためて思ってます」
真ん中が演出の神谷尚吾
最後に、「不都合な王子」という題名の由来について佃に尋ねてみた。
佃「不都合という言葉を辞書で調べると、【けしからんこと】とか【不届き】という意味があるんですよ。それで、この題名にしたんです」
サファイアが誰のもとにも届かない、まさに不届きな劇に相応しいタイトルだ。
劇団B級遊撃隊「不都合な王子」 ◎11月18日(土)・19日(日) 千種文化小劇場 一般前売2800円 当日3000円 ユース(25歳以下)2500円 高校生以下1000円 ※ユース・高校生以下は当日、要証明書。 劇団B級遊撃隊 公式ホームページ