北村想の門人たちが“聖地”に登場
兵庫県にあるAI・HALL(アイホール/伊丹市立演劇ホール)の劇作家養成講座「伊丹想流私塾(いたみそりゅうしじゅく)」と名古屋市天白区にある劇場「ナビロフト」が手を組み、この9月から新企画「Visitors(ビジターズ)」をスタートさせる。ナビロフトへのビジターズ=来訪者たちは、想流私塾で劇作家・北村想の薫陶を受けた関西の精鋭たちと、彼らの率いる4劇団。いずれも名古屋初登場だ。
1996年、関西出身で名古屋在住の演劇人・北村想のもと開講された想流私塾は、伊丹想流劇塾と改めた現在22年目を数える名門。同塾からは全国の戯曲賞や演劇賞を賑わす逸材が多数輩出してきた。一方のナビロフトといえば、かつて北村が率いた劇団「プロジェクトナビ」のアトリエでもあった劇場で、両者のゆかりは深い。企画に参加する虚空旅団の代表で、想流私塾卒業後は後進の育成にも励む高橋恵の言葉に並々ならない関係が表れる。
「ナビロフトは、私にとって聖地。想さんが活動していらっしゃった場所ですから、いつか公演に行きたいと思っていました」(高橋)
少し照れながらもナビロフトや北村への想いを隠さない髙橋をはじめ、参加する作家たちは北村に強い尊敬の念を抱いている様子。今回のトップを飾る光の領地の劇作家、くるみざわしんはこう語る。
「僕が塾生だった頃は、よく哲学の話をなさっていて。『世界は、あなたの表現。それはすでに実現しているんだ』という教えは印象深いですね。それを聞いて、自分の最も個性的な部分を伸ばせばいいんだと思えるようになりましたから。想さんは演劇というものを、いつも自分の姿勢で見せてくれていた気がします」(くるみざわ)
そんな北村は、実は当企画の発案者。ナビロフトのプロデューサーである小熊ヒデジに、実現までの経緯を尋ねた。
「去年の初夏ぐらいに、想さんからこの企画の提案があったんです。僕としては、まず関西勢が当地に来てくださることが嬉しいなと。また、アイホールとナビロフトという劇場同士の交流になり、関西と中部という地域交流にもなるということで、すぐ動くことにしました。想流私塾側のまとめ役の高橋さんと話を詰めながら、最終的に4劇団が決まったんですけど、すべて新作を発表してくださるのも楽しみです」(小熊)
左から虚空旅団の高橋恵、ナビロフトの小熊ヒデジ、光の領地のくるみざわしん
参加劇団は名古屋公演順に、光の領地、虚空旅団、極東退屈道場、空の驛舎。極東退屈道場の主宰・林慎一郎も、空の驛舎の座付作家・中村ケンシも、北村門下の代表格だ。各人への声掛けから奔走してきた高橋は「極東退屈道場、空の驛舎どちらも非常に信頼している劇団。これを機に、もっと多くの方に知ってほしいと思う劇団でもあります」と語る。もちろん高橋自身にとっても初めて関西以外で公演できる好機。新作「Voice Training」について話を向けると、静かな情熱をのぞかせた。
「これまでの作品と同じく会話劇ではあるんですが、話し方教室を舞台にしているので、“話すこと”自体がテーマ。会話だけでしっかり作っていくために、まあ、よくしゃべります(笑)。私自身は話すことが得意ではないので、何が話すことを阻害しているのか? 人がたくさんいると口をつぐんでしまうのはなぜか? など考えながら、仮説と実践をずっと繰り返すような芝居になりますね。それと、この話し方教室は廃校になった小学校をリノベーションした空間で行われているんですが、外で起きていることを感じさせられるような作りにもしていきます」(高橋)
なお、虚空旅団は公演期間中、振り袖講談vol.2も同時開催する。北村が書き下ろした講談を高橋が演出し、俳優・船戸香里が演じる舞台だ。「昨年1月、想さんが船戸さんに当てて第1弾を公演。私は当初、演出助手でした。その後、想さんが『あなたたちにあげる』と……。ショートショート形式の一人芝居なんですが、今回は作曲・演奏家である川合ケンさんの音楽とコラボレーションしながら展開します」と高橋は言う。
虚空旅団「誰故草」より 撮影:井上信治(三等フランソワーズ)
対して光の領地は、本編「振って、振られて」そのものが北村と因縁を持つ。せんだい短編戯曲賞2015最終候補にも残った同作は、執筆を始めて以降、長らく未上演だった。
「塾生だった時、想さんから日本国憲法を題材に戯曲を書くという課題が出されたんです。すごく難しくて、でも関心も尽きなくて、12年間ほど直し続けて……。そうしていたら、この企画の話が届いて『(上演の場は)コレかな』と。もともと5枚だった戯曲が1時間ぐらいの芝居になったんですけど、現在までの僕の足跡と言えますよね。政治的主張は一旦おいといて、日本国憲法に演劇的アプローチで迫った結果、不条理でシリアスだけど喜劇性もある作品に仕上がりました。悲喜劇って言うんでしょうか。冒険、挑戦はしましたが、最初の5枚は残っているんですよ」(くるみざわ)
ちなみに、光の領地も初日前夜、漱石狂言「坊っちゃん」を特別公演。これは名古屋で2014年に上演された文豪コネクション「坊っちゃん」の改訂版だ。くるみざわは「ロンドン留学で追い詰められていた時期を中心に書いた漱石論」と語り、自ら赤シャツにふんして役者までこなすというから見モノだ。
光の領地「振って、振られて」 撮影は、演出を手掛ける増田雄(モンゴルズシアターカンパニー)
ナビロフト×伊丹想流私塾 交流企画 Vistors ◎2017年9月27日(水)~ ナビロフト 【参加劇団&作品】 光の領地「振って、振られて」 虚空旅団「Voice Training」 極東退屈道場「ファントム」 空の驛舎「かえりみちの木」 ※各公演の詳細は下記サイト参照。 http://naviloft1994.wixsite.com/navi-loft/visitors2017