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“気分”共鳴。石井裕也監督最新作


映画、演劇、美術……、ジャンルを問わず表現者の口から、現代社会に対する苛立ちや焦りの言葉を耳にすることが増えた。「舟を編む」ほかの代表作で知られる石井裕也監督もそのひとりだ。最新作「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」は原作物だが、昨今多い漫画がオリジナルでもなければ、ストーリーのある小説を基にもしていない。その原作は同名タイトルの現代詩集。21歳で第13回中原中也賞を受賞した最果タヒが2016年5月に刊行した同著は、詩集として異例の2万7千部を売り上げ、文学の中でもなじみの薄い現代詩のイメージをくつがえした。そんな詩集を映画化するにあたり、石井が大切にしたのは作品の持つ“気分”だったという。

「小説や漫画が原作の場合は、キャラクターや物語を立体化して映画に変換していく作業を行いますよね。でも詩集は解釈が多様で、人ぞれぞれ違う揺さぶられ方をするので、まずは自分がどこに反応したのかを考えなければいけない。そのためには、自分の心の中に手を突っ込む作業が必要でした。その上で、最果さんの物事の見方、人間の見つめ方、そして、詩集の中でやろうとされた“気分”をどう表現するか?という問題が映画にも強く反映されています。哀しい、淋しい、虚しい、孤独……といった言葉があるとして、言葉と言葉の間にある微妙な気分をすくい取ろうとしているのが詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』だと思うんですよ。僕は映画人なので、それを映画的に試みたんです」

主人公は、看護師の美香と建設現場の日雇い労働者・慎二。ふたりは美香がアルバイトをするガールズバーで出会い、引き寄せられたり離れたりしながら、互いを少しずつ理解していく。脚本の第一稿があがるまで、わずか2週間。鬱屈した空気は充満しているが、映画の心地よいスピード感に監督と原作者の共鳴具合がうかがえる。

「いわゆる“ボーイ・ミーツ・ガール”の恋愛映画ということは当初から決まっていたし、詩集から脚本化するプロセスは想像されるほど難しくはなかったです。自ずと答えは導き出されていくので、一筆書きのようにできあがったと言ってもいい。僕自身の中に、最果さんと同じ気分があったからこそ、そこに揺さぶられたんだとは思います。最果さんも、この映画は自分と無関係ではないと思ってくださったはず。両者の気分がフィフティー・フィフティーの映画かはわかりませんけど……、6:4で最果さんが多いと言っておいた方がいいのかな(笑)」

冗談を交えつつも、本作に監督の真情が込められていることは間違いない。オリンピックに向かって狂騒の激しくなる東京を「金と欲望のために増改築を繰り返した妖怪都市」と石井は表現したが、その街に押しつぶされそうになりながら登場人物たちは生きている。彼らは、震災からの復興が道半ばであることや不穏な法案のこと、今日もどこかで誰かが殺されていることなど、世界の動向に無自覚なわけではない。でも明確な言動には移さない。そんな彼らの群像と呼応するかのように、石井は現代社会に対して「あきらめてはいないが、あきらめつつはある」と本音を漏らした。一方で「悪くなっていく世の中を大前提として生きていく――。そういう意識を示し、映画に賭ける意味はあるんじゃないか」と言ったのも本心だろう。揺れる思考や感情は、東京に住んでいなくても痛いほどわかる。

(C)2017「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」製作委員会

原作と通じているのは気分だけでなく“感触”も同様だ。詩集も映画もポップな手触りがあり、誰の心にも浸透してくる。映画ではアニメーションが挿入されていたりと、映像的な面白さもふんだん。さらに本作にどこかキラキラした感触を添えているのが、美香を演じる新人・石橋静河と売れっ子・池松壮亮ではないだろうか。キャリアの差こそあれど、まだ若く瑞々しいふたりの演技は観る者を引きつけ、物語を引っ張っていく。特に石橋は映画初主演ながら、監督の厳しい指導のタマモノか、目を奪われた。

「顔合わせをした最初の印象は、打っても響かない人。全然つまんない人だなと思いました(苦笑)。でも堂々としている(笑)。ただ、彼女が新人であることが重要でした。当然何もできないんだけど、緊張や不安という部分で達者な俳優には出せないものがあるので、そのまま存在していることが重要だったんです。だから、少しできた気になって浮かれている時には目で脅しましたよ(笑)。石橋さん自身が持っているものと彼女の演じた美香という人物の個性が、この映画の中ではうまく混ざっていると思います。対して、慎二役は企画の段階から池松くんに決めていたので、彼がどうするか、どうしてほしいだろうかを絶えず想像しながら脚本を書き進めました。同時に、池松くんの全く違った新しい魅力をどう見せるかも考えたので、脚本自体が彼へのメッセージになったと思います」

ちなみに、池松扮する慎二は左目がほとんど見えない。この設定にも現代が投影される。

「世界の全貌はもはや見えなくて、社会問題にせよ国際紛争にせよ、原発問題もそうですけど、物事の本質や真実は僕らにはわからない事態になっていますよね。だからみんな、どうすることもできないとあきらめて目をそむけてしまう。でもそもそも世界が半分しか見えない慎二は、そんな現状を自覚しているし理解しているからこそ、想像力を使うことで、よりポジティブなものを見ようとしている。だから物事の負の側面しか見ようとしない美香のことも変えていけるんだと思います」

なお、他にも慎二の職場仲間を演じる松田龍平、美香の亡き母を演じる市川実日子ほか、キャストは実力者ばかり。特に、ちょっとだらしない中年労働者役の田中哲司は怪演&快演を見せている。

「原作には『死ぬ』『殺す』といった言葉がびっしり出てくるんですよ。そこに僕は“予感”というものも感じた。悪い予感、嫌な予感……、子どもの頃から僕が抱えていたものでもあります。哲司さんが演じた岩下という男は、そういった感覚を象徴している。底辺の生活の中でも、さらに見下される存在なんです。哲司さんとは初めての仕事でしたが、意図を汲んだ上で、まっすぐ純情に生きてくれるんじゃないかと思ってお願いしました」

実際、岩下のキャラクターは悲哀に満ちているけれど、おかしさもあって憎めない。思えば、登場する誰もが見ようによっては滑稽で、この世界が真っ暗闇ではないということも気づかせてくれる。

「どこかで震災があっても、僕らには募金するぐらいのことしかできない。それが事実、現実だと思います。朝起きて『おはよう』と言う程度のことというのか……。ただ、それが何日も何日も連続していくことは、実は物凄いことでもある。最後のシーンには『人生なんて、そんな程度。でも、素敵だ』という想いを込めたつもりです」

「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」 ◎5月27日(土)~、ミッドランドスクエアシネマ、MOVIX三好ほか全国公開 http://www.yozora-movie.com/

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