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介護、夫婦、家族の話に愛いっぱい


介護問題は高齢化の進む日本にとって深刻だが、この映画を観るとリアルな現実に怯むだろうか、それとも――。陽信孝(みなみ・のぶたか)の同名著書を原作とする「八重子のハミング」は、若年認知症を患った妻を12年間も介護した著者の奮闘を、生々しくも愛情豊かに浮かび上がらせている。監督は「半落ち」「ツレがうつになりまして。」ほかの佐々部清。様々な“愛”にあふれた本作について尋ねてみると、監督自身の人柄が根底にあると気づく。

「原作者の陽さんとは10年ぐらい前に知り合ったんですよ。萩市に残る2スクリーンの小さな映画館を守っているチームがあって、陽さんはその理事。僕の作品の特集を組んでもらったこともあり、呑み会をするうち親しくなっていったんです。4回も癌を患っているのに、酒も煙草も女子も好きな人でね(笑)。そんな陽さんから映画化の予定があるということで渡されたのが『八重子のハミング』でした。帰りの新幹線で読んだら涙が止まらなくて、こういう作品を撮りたい!と思ったけど、他で映画化への企画が持ちあがっているのだからと諦めたほど。それが、原作者の知らない間に立ち消えになっていたとわかった時は腹が立ちましたね」

企画が流れるのは珍しいことではないにしても、連絡ひとつないことに、同じ映画人として恥ずかしさや憤りを覚えた佐々部は、自らの手で映画にすることを決意。プロデューサーを兼任して資金調達にも奔走し、脚本化から8年が過ぎたこの5月、晴れて公開の日を迎える。そこまで佐々部を駆り立てたのは、友情という愛のようだ。

「原作者である陽さんが好きなんですよ。このあいだも、この映画を通じて長女である娘さんとの関係が少し変わってきたことをポロポロ泣きながら語ってくれて……。升さんが演じたほど聖人君子ではないけれど、そこがいいんです」

そんな愛すべき友人役、主人公の誠吾には映画初主演の升毅を起用した。「群青色の、とおり道」以来、佐々部作品で再びの好演。監督からは「(升)たけし・(佐々部)きよしのツービートで頑張ってます!」という冗談まで飛び出し、良き信頼関係を感じさせる。一方、タイトルロールの八重子を演じるのは高橋洋子。熊井啓監督「サンダカン八番娼館/望郷」や斎藤耕一「旅の重さ」などの代表作を持つ高橋だが、80年代を最後に作家活動へ。したがって本作が久々の女優復帰となった。その経緯にも愛がある!?

「僕が関わっている下関の海峡映画祭にゲストでお招きしたんですけど、正直お会いする前は女優って考えてなかったんですよ(苦笑)。かつてはスクリーンを飾った名女優かもしれないけど、もう何年も経っているわけですからね。それが会ってみたら、30年も現場を離れていたのにキラキラしていたんですよ。かわいらしくてチャーミングで、でも時々、浮世離れした発言もポンッとなさったり(笑)。なにより映画が本当にお好きなんですよね。旧作から最近の作品まで、たくさん観ていらっしゃる。だから話していると、お互い映画少女・映画青年に戻ってしまうんです。僕は、かわいらしい八重子さん像を意識していたので、高橋さんにお願いすることを決めました。それに、女優業から離れていた高橋さんだったら、最初から八重子さんとして見てもらえるじゃないかとも思って。でも実際、撮影に入ってみると『女優って、こういうことか』と驚かされもしました」

映画愛がつないだキャスティング。他にも誠吾の親友で医師役の梅沢富美男、萩市長役の井上順、誠吾と八重子の娘役・文音など、佐々部作品を彩ってきた俳優陣が出演している。もちろんスタッフにも気心の知れた仲間が多数。「自主映画ならぬ“自主的映画”」とは監督の言葉だが、厳しい予算とスケジュールにも関わらず、佐々部作品に、映画を愛する面々が集結した。そうして形になった本作を、佐々部は「究極の恋愛映画」と表現する。

「介護の問題が背景にあるけれど、作りたかったのは夫婦の物語であり、そこにまつわる家族の物語。これは熟年の純愛映画、夫婦の愛情物語なんです。陽さんは本当に八重子さんのことが好きだった。ただ、現在のような福祉サービスのなかった時代とはいえ、12年間も介護できるか?と考えると、そこが奇跡だと思うんですよね」

劇中ふたつの印象的な入浴シーンがあり、そこには認知症の母を持つ監督自身の経験も反映されている。日本人の誰もが直面しうる介護問題と向き合ってみて、佐々部は今「この国に必要な映画」と自負する。一方で、萩市をはじめロケを行った山口県内の風景や丹精を尽くした美術には、映画らしい見応えも。ちなみに、このロケでも地元の愛ある支援に助けられたんだとか。平均70歳の女性たちが結成した食事部隊の話も気になるところだが、山口県民はエキストラでも活躍。特に、彼らが聴衆を演じる講演会のシーンは何度も出てきては時に笑いまで誘い、本作に軽やかさを添えている。

「八重子のハミング」 ◎2017年5月6日(土)~、名演小劇場にて公開 http://yaeko-humming.jp/

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