山下敦弘が佐藤泰志の函館3部作を気持ちよく結ぶ
佐藤泰志は、芥川賞に5度もノミネートされながら受賞に至らず、41歳の若さで自ら命を絶った不遇の小説家だ。没後20年以上過ぎた佐藤の作品が、映画となって再び脚光を浴びている。北海道函館市出身の佐藤は故郷を描いた作品を遺しており、それらが地元の熱意の後押しで次々と映画化されているからだ。最初は2010年の熊切和嘉監督「海炭市叙景」、次は2014年の呉美保監督「そこのみにて光輝く」。そして2016年、いわば3部作の最終章として山下敦弘監督「オーバー・フェンス」が公開される。山下監督に話を聞いた。
「プロデューサーの星野秀樹さんからは、前の2作が重かったので抜けのいい作品で最後を飾りたいと要望を受けつつ、原作を読んだ後と映画を観た方の印象が同じになることを大事にして進めました。ただ、前作は監督の色が強く出ていたとも思うんですよ。『海炭市叙景』であれば熊切監督の作風が色濃く、熊切さんは帯広出身なので、函館というより北海道を撮った映画という印象もある。三重出身の呉監督も、呉さんなりの風景になっていましたよね。そして僕は愛知県の半田出身で、地方都市を撮らせたら強い(笑)。そういう意味で、『オーバー・フェンス』は自分に引き寄せた作品になっています」
主人公の白岩にオダギリジョー、ヒロインの聡(さとし)には蒼井 優。他に松田翔太、北村有起哉、満島真之介、松澤匠らが共演。さらに元セメントミキサ―ズのボーカル・鈴木常吉が異彩を放つ一方、優香が脇をしっかり支えている。舞台は、函館にある職業訓練校。離婚して帰郷後、職業訓練を受けながら失業保険で暮らす白岩をはじめ、訓練校には様々な年齢・境遇の男たちが通っている。しかし学校の外も鬱屈した空気に違いはない。やがて白岩はキャバクラで働く聡と出会い、どこか生気のない暮らしを変化させていくが……。
「オダギリさんは飄々としていて物腰も柔らかいんですけど、テキトーなことを見抜く鋭さや怖さがありましたね。こんなに人間臭い人だったのかと、いい意味で裏切られた部分もあります。いい感じに背中が丸みを帯びて角が取れ、うまく歳を重ねていますよね。それと、オダギリさんはやっぱり尊敬されているんだということも実感しました。僕らの世代からすると、永瀬正敏さんがいて、浅野忠信さんがいて、オダギリさん…となるけど、次の世代で独特の存在感を持つ俳優が出てきていない。そう考えると、翔太くんは語学力もあって、オダギリさんに続く立場だと思うんですけどね。今回は映画で組むのが初めての人ばかりで、これだけ個性がバラバラの人たちをまとめるのも初めての経験でしたが、彼らが撮影中すごく仲良くなっていったんですよ。翔太くんがムード―メーカーになれば、オダギリさんは笑って見ていて、蒼井さんも男性の中にガンガン入っていって……。合宿形式の撮影を通して勝手に関係ができあがっていったので、演出家としては楽でしたね」
個性極まる面々の中、複雑な表情や振る舞いで中年の白岩を翻弄するのが蒼井であり、彼女の演じる聡という役どころ。時にエキセントリックな聡が見せる“鳥の求愛”を真似たダンスは、最初は観る者を戸惑わせるが、徐々に印象を変えていくから不思議だ。
「蒼井さんにはダチョウや白鳥の求愛映像を見てもらい、彼女と親しい振付師の協力も得て、クランクイン前にだいたい動きができていました。それでも冒頭で聡が求愛ダンスをするシーンは、最初に撮ったので白岩と同じ気まずい心境でしたね(苦笑)。でも蒼井優という役者は、やりとげた。そういう蒼井さんの身体能力はさすがだなと思いました。特に白頭鷲の求愛ダンスはいちばん難しかったんですけど、最も感動的でもありました。最後にキャバクラで踊るシーンなんかは僕にとっても初めて体験するような撮影で、他人の映画を観ている感覚さえありましたよ」
そういうことも含めてか、蒼井は完成品を不安に思っていたそうだが、山下は「演じる役者が自分の芝居を観たいと思うような作品は作りたくない、自分で見たがらないものを撮りたい」と語る。映画と俳優の関係、監督と俳優の関係をどのように考えているのだろう。
「『天然コケッコー』の時、夏帆が同じことを言ったんですよ。『普段の自分を見られるようで耐えられない』と。それに僕は手応えを感じて……。役者が事前に考えてきたプランだけではなく、無防備なところも撮れたんじゃないかと思ったんです。台本、リハーサルはあるんだけど、予測不能な部分もほしいですよね。また、役者がもともと持っている空気も生かしたい。だから聡という役も、蒼井さんの中に何パーセントかあるものが反映されていると思いますよ。自分なのか役柄なのかわからないところで演技をする方が、僕は強い芝居になると考えています。例えば白岩と聡が結ばれた後、大喧嘩になる場面。あれは最終日に撮ったんですが、オダギリさんも蒼井さんも何をどう言っているかわからないほど意識が飛んでしまっているように見えました。また、僕もあの場面はしつこく粘った。結果つながった映像を見て、やっとキャストもスタッフも了解できたと思います。それほどまで、芝居をしながら無意識でもあった。だからこそ強いシーンになったんです」
チームという意味では、スタッフともいい出会いがあった様子。撮影の近藤龍人はいわゆる山下組だが、スタッフワークは思いがけないものになったという。
「『そこのみにて光輝く』のチームに僕が入る形だったので、それは大きかったですね。プロデューサーの口癖も『全員野球でいきましょう!』で……。結局それは最後までどういう意味かわからなかったんですけど(苦笑)。でも、例えば鳥の羽が空に舞うシーンは、脚本の高田亮さんから出た『“自然の力”を入れたい』という狙いによるもの。そこで全員無記名のアイデア出しをして、人気の高かったものにしたんです。そういう独特の作り方は新鮮でしたね。スタッフが同じ立ち位置、同じ目線で意見を言い合える現場だったんです」
さかのぼれば山下は大阪芸術大学で映像を学び、卒業制作の「どんてん生活」でいち早く注目を集めた。数多くの才能を輩出している大阪芸大だけに、先輩・同期・後輩を問わず同志たちから受けた刺激が、映画人としての血肉になっていったことは間違いない。そして、この函館3部作が大阪芸大出身の監督リレーになったことも奇妙な因縁ではないか。
「熊切さんはひとつ先輩で、呉さんは同期です。ただ、たまたま大阪芸大出身の3人が撮ることになりましたけど、それこそ引き寄せた佐藤作品の凄さじゃないかと。映画と原作のいい関係を感じます。近年こういうつながり方はマレなんじゃないですか。佐藤さんが自ら命を絶っているということは、監督3人とも意識せざるを得ない。それは共通でしょう。それぞれが原作者の死をはらんでいて、それぞれ映画の深みや匂いに結びついた。この3人が3部作を撮ったのは偶然の流れですが、面白い結果になったと思っています」
「オーバー・フェンス」 ◎9月17日(土)~、センチュリーシネマほかにて公開 http://overfence-movie.jp/