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オダサク未発表脚本が奇妙な映画に


“オダサク”の愛称でも親しまれる昭和の小説家・織田作之助は、「夫婦善哉」に代表されるとおり故郷・大阪の風俗や人情を描いて名高く、太宰治や坂口安吾と同じく無頼派とも呼ばれた。そんなオダサクの映画脚本「あのひと」が大阪・中之島図書館で発見されたのは2012年のこと。第二次世界大戦中の昭和19年(1944年)に書かれた同作は映画化されておらず、いわば幻の作品として話題を集めた。ところが幻は70年以上を経て現実のものに!?

監督・山本一郎は映画「あのひと」が長編デビュー作となるが、その実、山田洋次や侯孝賢など世界的監督のプロデューサーを務めた経験を持つベテラン映画人。彼は同郷の大作家・オダサクの未発表脚本の存在そのものに強くひかれ、自らメガホンを取ろうと決意した。

「あのひと」は奇妙な空気に支配された映画だ。舞台は戦時下。まだ若き帰還軍人4人は共同生活をしながら、戦死した部隊長の遺児を“小隊長”と呼んで大切に育てている。そこへ、どこか現代的な働く女性たち4人、お婆さん・トラ、元料理人だった居候・鶴吉らが絡んでいく。キャストには関西の劇団とっても便利の面々を中心に、テレビでもおなじみの田畑智子、名脇役・福本清三、そして名古屋の誇る怪優・神戸浩!彼らはモノクロームの映像世界を時にユーモラスに彩るが、なんとも乾いた笑いにしかならない。

底から沸き上がってくるような不気味さの源流は、オダサクの体験した戦中の空気だろうが、そこに山本監督は現在の私たちの気分も重ねて見せたフシがあり、いっそう胸苦しさを覚えた。「あのひと」の中に流れる時間は、必ずしも過去とは言えない。人知れず眠っていた脚本が、この時代に発見され、映画化された奇跡に、なにかオダサクの強い念を感じるのだった。

「あのひと」 ◎5月28日(土)~、名演小劇場にて公開 http://www.benri-web.com/anohito/

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