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25年前の“彼”から届いた未来の映画


またひとつ“園子温らしい”映画が誕生した。監督最新作「ひそひそ星」は、モノクロームを基調とした映像美の中に、現在の福島の風景を収めたSFファンタジー。園が福島を扱うのは「ヒミズ」「希望の国」に続いて3度目だが、構想25年とうたわれる本作と東日本大震災以降の福島とはどのように結びついたのか。脚本の経緯から園自身に尋ねた。

「構想当時は、とにかく他の映画と違うものを作りたいという想いが高まっていました。1990年の『自転車吐息』でベルリン国際映画祭に行って新しい映像作家に触れ、自分も世界に恥じない、しかも新鮮な作品を撮りたいと痛感したんです。それで帰ってきてすぐに『ひそひそ星』を書きました。ひと目で園子温とわかるような作品を意識していましたね」

しかし、結局その時は製作がかなわなかった。ところが近年、同じように当時書いた「地獄でなぜ悪い」「ラブ&ピース」が製作され、流れに乗るように「ひそひそ星」も公開されることとなったが、撮影の動機も作品の質感もかなり異なる。

「そもそもの発端は、時事的に扱わない形で福島の映画を撮りたかったことにあります。風景だけで何かを物語るようなものというのか……。ただ、思い浮かんだ時はまだどうすべきかわからなくて、しばらく置いておくことに。そんなおり25年前の台本を読み返してみたら、この企画にうまくハマると感じたんです。風景になりうるなと。25年前の“彼”は、この日のために書いたいたのかと思うほど。絵コンテも、今の福島そっくりに描かれているんですよ。だから、元のアイデアを何ひとつアレンジしていません」

時は遠い未来。主人公のアンドロイド〈鈴木洋子 マシンナンバー722〉は宇宙船レンタルナンバーZに乗って、宇宙宅配便の配達員をしている。コンピューター〈きかい6・7・マーM〉を相棒に、残り少なくなった人類のため、星から星へ何年もかけて淡々と荷物を運ぶ光景は、一見すると私たちの日常ともかけ離れてはいない。昭和レトロな船内、お湯を沸かしたり掃除をしたりする様子、日記のごとく録音される声……。でも、宇宙船の外には無限の銀河。そのギャップが面白く、作り手の愛情や情熱にも圧倒される。

「実はみんな宇宙に生きていて、地球人だとか宇宙人なんて、地球に住んでいる自分たちが勝手に言っていること。それを何かに例えようとして宇宙船を登場させ、日常の雑事を入れてしまいました。それにしても『ひそひそ星』はオーバーアクトですね。日常を描いていてもアクションなんです。水道やオープンリールデッキの撮り方とかを絵コンテで見ていると、彼はアクションでつないでいきたいんだろうなと感じて……。ただの雑巾がけをクレーンで撮るなんて世界初じゃないですか(笑)。大変でしたけど、彼を尊重してやろうと思い、実行しました」

“彼”と呼ばれているのは、前述にもあるとおり25年前に「ひそひそ星」を書いた“若き日の園子温”のことだ。園はかつての自分へのリスペクトとして、台本や絵コンテの書き足しすら極力控えた。そのせいだろうか、初期の園を知る人だっだら、ある意味なにも変わっていないことに驚き、嬉しくなるような作品に仕上がっている。詩情にあふれ、ささやかに〈生〉を慈しむ映像世界は、園の真骨頂だろう。

「『愛のむきだし』や『冷たい熱帯魚』などで“過激な監督”として広く知られてしまいましたが、もしもその前に『ひそひそ星』を撮れていたら“静かな監督”として知られることになっていたのかもしれませんね。今の自分は、彼とは全然違う。彼はストイックで、欲望にギラギラした人ではなかったので。ただ、彼に『愛のむきだし』は撮れなかっただろうとも思います」

園は自分のイメージや現状を十分に自覚しているが、「みんなの中にある園子温像は気にしない」とも語った。ましてや「ひそひそ星」は、設立した「シオンプロダクション」の企画第1弾。ますます独自の道を突っ走る覚悟だ。

「もう雇われ監督、原作物の監督は止めようと。時間が掛かってもオリジナル脚本でやっていきたいので、今後は極端なものしか撮らなくなると思います。過激なものか、詩的なものか。いま恋愛映画を書いていますけど、オリジナルだけをやっていくという点では同じですね。海外でも撮りたいですし、飽き症なので、違う展開を模索していきたい」

取材の後半、公私にわたる園の良き伴侶・神楽坂恵が主人公を演じているという話題から、意外な発言も飛び出した。

「『ひそひそ星』は、当初は公開するつもりがなく、タイムカプセルに入れて土に埋め、未来人が観たらいいなと考えていたんですよ。ところが、日活さんが公開しませんか?と言ってくださって。本来は、ごく私的なスーパープライベートフィルムになるはずだった。だから主人公も当然、奥さんでよかったわけです」

ちなみに、エンケンの愛称で知られるミュージシャンの遠藤賢司も出演しているが、神楽坂がエンケンのCDジャケットに起用されたご縁とタイミングによって決まったのだとか。近しい距離感の人間関係が「ひそひそ星」を愛しく温かなものにしている。

「これまで関わってきた福島の人たちにも出てもらったんですよ。学芸会みたいな演技ではあるけど(笑)、すごく幸せな撮影でしたね」

公開されることになったのは、観客にとって間違いなく大きな喜びだ。しかし、そこにはあらためて福島を目の当たりにするという辛い現実も伴う。そして今は空想するしかないけれど、私たちは否応なしに、ある未来へと向かっていることも現実なのだろう。

「福島を撮り続けようという使命感はないですが、ひとつ撮る度に何かが零れ落ちてしまう。だから『ヒミズ』を撮った後には『希望の国』を撮らなければいけなくなり、また今度は『ひそひそ星』を撮ることになってしまっただけ。3部作のような気持ちは全くありませんよ。ルポライターみたいな感覚で映画を作ってはいないので。観客には、300年後の未来人のように観てほしいですね。そのころ我々は火星に移住しているはずだけど(笑)」

「ひそひそ星」 ◎2016年5月14日(土)~、名古屋シネマテークにて公開 http://hisohisoboshi.jp/

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