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橋口亮輔監督最新作に日本の精神の水脈を想う


絶賛を浴びた「ぐるりのこと。」から7年ぶりに、橋口亮輔が長編監督作を発表する。オーディションとワークショップを通じて見いだした未知数の新人たちを主要キャストに配し、鬱屈した日本の現在と向き合う映画「恋人たち」。公開に先駆け、橋口監督に話を聞いた。

「ダイヤの原石はいなかったんですけど、向き合ってみれば、それぞれの個性はやっぱり面白い。じゃあ、その後ろに、日本の現在や自分のモチーフを持ち込んだら映画にできるんじゃないかと。そこから8カ月かかって脚本を書き上げました」

通り魔事件で最愛の妻を失ったアツシ。素っ気ない夫と面倒な姑との生活に疲れ気味の瞳子。親友・聡への同性愛を秘めて完璧に立ち振る舞うエリート弁護士の四ノ宮。主軸となる男女を、篠原アツシ、成嶋瞳子、池田良の3人が体当たりで演じている。そんな彼らを、日本映画に欠かせない名優・光石研、演劇界の新旧実力者である木野花、安藤玉恵、そして「ぐるりのこと。」のリリー・フランキーが脇から支える。

「篠原は主役なのにいちばん不器用で、いちばん心配でしたね。だから事前に『下手なんだから、ただ泣いて、ただ笑えばいいんだよ』と、さんざん脅したんですけど。(ご覧になった観客方に)『下手だったけど最後は泣いちゃったね』と言われるようにしようと励まし、プロの俳優の役作りじゃない涙が流せたとは思いますが、その過程は苦労なんてもんじゃなかったですよ(苦笑)」

実際、篠原の演技からは、アツシが抱えるもどかしさや苛立ちが真っ直ぐ伝わってくる。それは観ていて痛々しいほど。彼自身が役柄と七転八倒で格闘しているからだろう。弁護士も役所の人も、誰も自分の身になって考えてはくれない社会に、アツシは憎悪の感情ばかり募らせていくが……。

この弁護士や役所の人とのエピソードは、実は監督自身の体験に基づいている。人に騙され、5年ほど失意の底にいた橋口監督。会う人、会う人が信じられなかった頃、本作の深田誠剛プロデューサーは「映画を撮ろうよ」と何度も橋口のもとを訪ねたという。そのため「恋人たち」には深田プロデューサーをモデルにしたような、アツシの上司が重要な役割を果たす。これを演じる黒田大輔の何とも言えない表情の妙にも引きつけられるはずだ。

もちろん瞳子役の成嶋、四ノ宮役の池田にも不思議な存在感はある。

「成嶋さんは強い個性派でもなく、地味で地味で、その分すごく生っぽい。コンドームを買いに走る場面とか、タバコ吸いながら脇毛処理するとか、おしっこを外でした後にお尻を振るとか……、成嶋さんだとリアリティがあるんですよね。池田は四ノ宮のまんま、嫌なヤツです(笑)。いや、繊細なんですよ。でもカチンとくることも言うので、彼の演技に感心する日がこようとは(苦笑)。聡の妻と四ノ宮が聡をめぐって見せる攻防には、なんとも表現しづらい空気が漂ってますよね。アツシ、瞳子、四ノ宮の3本柱でひとつの物語にして、そこに今の日本の空気みたいなものが浮かび上がればいいなとは思っていました」

役者自身と橋口監督が考え出したキャラクターが一体となり、技術を超える存在が焼きつけられた映画だ。ヒリヒリとして、口当たりはよくない。それでも題名は「恋人たち」――。

「好きな人の前では、みんな丸裸になるでしょ? そのやり取りの中で生まれる何かを俯瞰で見て、日本人像になったら面白いなと思って。恋愛劇ですけど、『好きだー』『私もー』という世界はもっと上手に撮る監督がいらっしゃると思うので、僕は相手不在の恋人たちにしました。その背景越しに、日本とか日本人が見えてきたらいいなと考えたんです」

確かに、東京オリンピックに向かっていく空気、皇族を追っかけてはしゃいだ頃の記録映像を見返す瞳子の姿などは、象徴的で意味深。一方、アツシが首都高速道路の橋梁点検で舟に乗って川を行き来することや、瞳子が「美女水」なる商品の販売に巻き込まれそうになることから、“水”のイメージも気になり始める。水には何か意味するところがあるのだろうか。「恋人たち」は日本の精神の水脈や源流を突き止めようとしているのでは……。

「海外で橋口の映画には水が付き物のように言われることがありますけど、自分では意識してないんですよ。今回の場合は、舟が水面で揺れるとエロティックな感じが出ますよね。ただ、アツシが橋梁点検の仕事に就いているのは、橋の下という場所が面白いなと感じたからなんです。大きな橋って、上は喧騒に満ちていても、下は静かなんですよ。そういう橋の下で、アツシは世界の音を聞いているという……」

機械よりも正確な聴力を持つアツシは、誰より敏感に世界の音が聞こえてしまう。そして人一倍、傷つく。でも、気持ちを切り替えて周囲を見直せば、世界は変わって見えてくるのかもしれない。橋口監督は、そこに再生の光が差すことを信じている。

「嘘でもいいから、人間、笑っていたら生きていける。なんとか今日と明日がつながっていくんです。震災や事件、事故に巻き込まれた人が、もう一回、人生を生き直すのは難しい。でも、嘘でもいいから『よし!』と言うことで、救いになればと思うんです」

「恋人たち」 ◎11月14日(土)~、

伏見ミリオン座ほかにて公開 http://koibitotachi.com/

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