タナダユキ監督最新作インタビュー
「百万円と苦虫女」以来7年ぶりにオリジナル脚本を手がけ撮影したタナダユキの新作「ロマンス」は、大島優子のAKB48卒業後初主演映画としても話題だ。大島が演じるのは、新宿―箱根間を走る特急ロマンスカーのアテンダント・北條鉢子。彼女が映画プロデューサーを自称する桜庭洋一と出会ったことから、この中年男と共にした一日が描かれる。タナダ監督に聞いた。
「ロマンスカーのアテンダントと映画プロデューサーの話という設定は、脚本協力の向井(康介)さんのプロットに書かれていたアイデア。向井さんが大島さんを好きなのは知っていましたし、私自身にとっても気になる存在だったので、この企画で大島さん主演映画を提案したんですが、通るかどうかは半信半疑でした。AKB48からの卒業が発表された後で、ものすごくたくさんのオファーが来ていると想像できましたから」
この企画に当の大島は、初主演の不安を感じるも、タナダ監督作と聞いて喜びが勝ったんだとか。彼女は撮影前から車内販売を行うアテンダントの動きや発声を研究し、現場にのぞんだ。こうして大島と同じ26歳という、まだ揺れる年齢のヒロイン・鉢子が作られていった。そして鉢子の揺れ動く心の背景には、もう何年も会っていない母親の存在が……。
「親が親らしくない行動をした時、(年齢的に)子どもであればその立場で怒ることができるけれど、26歳にもなると親の苦労もわかってしまう。ただ、それで解決するかといえば、そうでもない。母親が母親である以前に、ひとりの女であり、ひとりの人間であることはわかっていても、そういう現実と鉢子はまだうまく向き合えないんです」
大島の実年齢に合わせて生まれたヒロイン像。しかし、監督は自身の記憶や経験が投影された部分もあるという。
「鉢子の苛立ちや漠然とした不安には、自分のことも反映されていますね。私は25歳の時に撮った自主映画が、26歳で賞を獲ったんですよ。でも、だからといって将来を約束されたわけでもなく……。自分の母のことを考えたら、26歳って、ちょうど姉を産んだ年なんですよね。そうして母は避けられない現実を突きつけられ、私にはできないことをやっていた。でも同じ年齢で私は自主映画なんかやっていて……」
率直な想いを語るタナダ監督に、ちょっと驚き、戸惑った。彼女がPFF(ぴあフィルムフェスティバル)で受賞した「モル」を筆者が拝見した時、「こんなスゴイ女性監督が出現するなんて!」と興奮。授賞式で見たタナダ監督もキラキラ輝いて見えた。それだけに当時の監督の複雑な心情を知ると、こちらの心もザワザワする。また、そう考えるうち「モル」の主人公をもっと大人にすると、「ロマンス」の鉢子になるのではないかというイメージも……。どこかスイッチが入ると激しい気性があらわれ、万引きした桜庭を猛ダッシュで追いかける鉢子に、かの日観たヒロインの姿が重なる。
父親と離婚して以降、次々と男を変える母親に嫌悪感を抱いてきた鉢子だが、仕事では優等生なのに、プライベートでは母親同様あまり恋人に恵まれていない様子。そんな彼女の心の隙に入ってきたのが桜庭だろう。彼は、鉢子の母親からの手紙を勝手に読み、箱根にお母さんを探しに行くべきだと言い出す。この桜庭役は、劇団「ナイロン100℃」の大倉孝二。映画プロデューサーの彼は、ある意味、映画人タナダの心を代弁する存在にも。
「もう10年以上も前になるんですが、大倉さんの舞台を拝見した時『なんて色気のある役者さんなんだろう、いつか仕事ができたら』と思ったんですよ。そうしたら今回、もう“おっさん”をやれる年齢になっていると気づいて(笑)。桜庭には自分の想いを託していますね。1本撮り終わると毎回『もう辞めたい』って言っている感じとか(苦笑)。大倉さんは大島さんとの息もぴったりで、本読みをちょっとやっただけで大丈夫だと確信しました」
ちなみに、舞台を中心に活躍する役者が大倉以外にも出演。演劇ファンには、どこに誰が出ているか見つける楽しみも!? その中で、問題の母親役を務める西牟田恵は別格の存在感。
「配役はキャスティングプロデューサーと相談しながら決めましたが、西牟田さんはまだこういった母親役をやっていらっしゃらない気がしたので、実際やったらどうなるかなと、私自身も楽しみでした。やっぱり舞台の方々は演技がうまいし、物怖じなさらないですよね」
もちろん他に、野嵜好美や窪田正孝ら映像で活躍する若手実力者も共演。独特の雰囲気で、作品におかしさや哀しみを添えている。なお、車内の撮影は小田急電鉄全面協力のもと、すべて実際のロマンスカー走行中に敢行。鉄道ファンにも嬉しい仕上がりとなっている。そして、天候と闘いながら撮った箱根の風景や富士山の雄姿が圧巻。大自然が“私とおっさん”の小さな成長物語を見守っているかのようだ。
「恋愛モノだと誤解して来ていただけるかなという期待もありますが(笑)、この映画では“別れ”を描きたかったので、タイトルを『ロマンス』にしました。“ロマンス”という言葉は、進行形のものや成就した恋にはあまり使わないと思うので……。人は出会ったら、死別であれ生き別れであれ、必ず別れる。そして、人生には後悔も付き物。それでも、納得いくようにするためにはどうしたらいいか。別れを前向きにとらえられるようにという想いをこめて『ロマンス』を作ったんです」
「ロマンス」 ◎9月5日(土)~、伏見ミリオン座にて公開 http://movie-romance.com/
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