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映画「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝」に考えさせられること多し

試写を観た帰り道、元の職場の後輩であり美術の紹介屋としては先輩に当たるS嬢と感想を語り合った。彼女いわく「よう喋る映画やったね」と。確かに同感。主役となっている美術館には「静寂な空間」というイメージがあるだろうし、また、ビジュアルを楽しむという面も予想されるだろう。しかし、この映画でまず印象に残ったのは、様々な関係者たちの発する言葉、言葉、言葉。そして、そのひとつひとつに共感したり、ハッとさせられたりする。

「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝」は、昨年のヴェネチア国際映画祭で栄誉金獅子賞も贈られた巨匠、フレデリック・ワイズマン監督によるドキュメンタリー映画の大作だ。彼は、イギリスの国立美術館「ナショナル・ギャラリー」で3ヵ月間の撮影を敢行。ルーヴル美術館やメトロポリタン美術館に比べて小規模ながら、「世界最高峰」と謳われる同館の真実に迫った。しかも、ナショナル・ギャラリーにカメラが入るのは初めてだというのに、「ここまで撮っていいのか!?」と驚くほど、表も裏も見事に映し出している。 例えば、学芸員が来場者に作品解説する光景や、絵画制作を学べる講座の様子、あるいは視覚障がい者に立体化した絵画を鑑賞してもらうワークショップの模様など、企画がユニークでバリエーションもあるうえ、それぞれを担当するスタッフの言葉も実に豊かだ。おかげで観ている方も、スクリーンの中の人たちと一緒にうなずき、笑顔になってしまう。 反対に、スタッフ同士の打合せや会議では、白熱のあまり本音もバンバン飛び出して驚き。コレ聞いちゃっていいのかなあと苦笑いしつつ、どこの国でもアートの抱えている問題は共通だと痛感させられる。削減されていく予算、集客の工夫、タイアップの可否……。しかし、苦労はあっても現場の人たちの信念は揺らがず、情熱も失わないので、こちらも胸が熱くなる。 たくさんの言葉が費やされる一方、もちろん美術館らしい静かな時間も浮かび上がる。世界的に評価される高度な修復作業の様子には、神経の研ぎ澄まされるような静けさが漂い、その現場を見られること自体も貴重で息をのむ。額縁の制作風景などは日本の伝統工芸を見るようでもあり、寡黙な職人の技を感じた。そして何より、もの言わぬ観客が心に残る。展覧会に行列する人々の背中、じっと作品を見つめる横顔、中にはペンを持って模写に励む人の姿も。 子どもからお年寄りまで幅広い人たちがナショナル・ギャラリーに集い、それぞれにアートと関わっている。そんな幸せは美術館の努力に支えられ、美術館もまた、アートを愛する観客たちによって支えられている。当たり前だけど、やっぱり理解されにくかったりもすることを、ワイズマンはゆったり堂々たる映画の中できっちり伝えてくれた。さすが、巨匠。 ラストでは、英国ロイヤル・バレエ団とティツィアーノ作品のコラボレーションという形で、ダンスが披露される。これはロンドン・オリンピックの記念に気鋭ウェイン・マクレガーが振付したデュオだ。ティツィアーノの絵画が動き出したかのように、その前で踊る光景は圧巻。ビジュアルアートとパフォーミングアートを接近させる試みは日本でも増えているので、この映画がきっかけとなって、多彩なアートの現在に興味を持つ人が増えることも願いたい。 ◎2月7日(土)~、センチュリーシネマにて公開

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