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映画「TATSUMI」に 秘めた怒りを見る


少し前に紹介したアンソニー・チェン監督「イロイロ」とはまた趣向の異なるシンガポール映画が日本に上陸。いや、上陸というより、帰還の方が正しいか。エリック・クー監督が初めて挑んだアニメーション映画「TATSUMI マンガに革命を起こした男」は、「劇画」創始者のひとりにして名付け親でもある、辰巳ヨシヒロを題材としているからだ。 1935(昭和10)年に大阪市で生まれた辰巳は、戦後間もなくして手塚マンガと出会い、兄の影響もあってマンガを描き始める。若くして才能を認められ、手塚本人との面会も果たした辰巳だが、早々に自らの志向が子ども向けのマンガではないと気づき、1959年には同じ志をもつ仲間たちと「劇画工房」を結成。さいとう・たかをらと「劇画宣言」も発表して、大人の読者のための作品を打ち出していった……。 そんな辰巳を20年も愛読するというクー監督だったが、映画化に踏み切ったきっかけは、辰巳の自伝的エッセイマンガ「劇画漂流」にある。1995年から2006年まで12年間にわたり連載された同作は、2008年に単行本として出版され、2009年には第13回手塚治虫文化賞のマンガ大賞に輝いた。 ちなみに、その時の審査員を務めた評論家・呉智英の言葉どおり、劇画はマンガと対立構造にあったわけではない。辰巳たちは手塚の背中を見て育ち、手塚は劇画に触発されて社会派の作品に挑んだ。そういう相互作用があって、世界に誇るマンガ・劇画大国ニッポンは築かれていったのだ。 映画「TATSUMI」では、マンガとの関係に触れつつ、劇画とは何かも紐解かれていく。「劇画漂流」をベースに辰巳の半生を描きながら、途中に辰巳の傑作短編を挿入。この5編が、おかしくもあり哀しくもあって、腹の底にドスンと落ちてくる重量級のシロモノだから、見応えが物凄い。 そして思う。家庭環境、戦中・戦後で激変する価値観、出版業界の現実――辰巳は、不条理な社会、世界に対して怒りを抱え、それを原動力に劇画を描き続けたのではないだろうか。胸の内で静かに燃える炎のような感情の発露に、観る側もギュッと拳を握って反応してしまう。 それにしても、日本の才能はどれだけ逆輸入されるのだろう。マンガ・劇画の分野に限らず、映画でも舞台芸術でも、日本人の知らなかった日本の優れた表現を、海外では先入観なしに評価し、敬意や熱狂をもって迎え入れてきた。実際、辰巳作品もフランス語圏のマンガに大きな影響を与えたと言われている。我ら紹介屋は、もっと努力と工夫をせねば……!!

◎1月17日(土)~、名古屋シネマテークにて公開

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