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大森立嗣監督が〈生〉の根源を問う衝撃の青春映画


恐るべき新人のYOSHIに、菅田将暉と仲野太賀。YOSHIは弱冠16歳、菅田、太賀も20代という若き俳優3人が、大森立嗣監督の原点を見るような激しすぎる青春映画で暴発しまくっている。大森が約25年前に書いた処女脚本にあたる「タロウのバカ」は、理解しがたい暴力の連続でありながら、一方で、人間の本来無軌道な〈生〉のエネルギーを彷彿とさせる衝撃作。大森監督に完成までの道のりや本当の想いを尋ねた。

「俺は1970年生まれで、今より貧しかったかもしれませんが、社会が成長している時代に育ちました。でも豊かな国・日本にいて何か足りないものを感じていたことが、この脚本に反映されています。また、高度経済成長の流れの中で〈死〉を希薄に感じていたのも大きい。昨年の監督作『日日是好日』で少しお金ができて(笑)、ちょうど環境も整ったので製作が実現したんですけど、自分も歳をとったので、当時の想いを色褪せることなく撮れるだろうかとは考えました。あの頃の脚本に反応できる感覚がまだあって良かったですよ」

舞台は日本のどこか地方都市。主人公タロウ(YOSHI)は、見た目は思春期の少年なのに、学校に行ったことがないという。親がつけた名前はあるものの、高校生のエージ(菅田将暉)とスギオ(仲野太賀)は彼を「タロウ」と呼び、つるんでいる。エージは、認知症の老人や障がい者を集めた違法の介護施設運営に関わる闇社会の男・吉岡のもとで仕事をしていたが、ミスを犯して酷い焼きを入れられたことから、タロウとスギオを巻き込んで復讐を計画。彼らの奇襲は成功したうえ、偶然にも吉岡たちのピストルまで手に入れてしまう……。

人権問題や生命の尊厳、育児放棄、宗教依存、高校生売春、愛と性――。現代日本の抱える問題があふれているのに、ちまたで耳にするような日常的な会話はほぼ皆無。「わかる」なんて軽はずみに言えない作品だが、それでも「私たちのことだ」と肌でビリビリ感じ、泣きたいような絶望に苛まれる。同時に、まだ諦めたくないとも奮い立たされた。

「この映画で起きることを、どう考えるか。考えるきっかけになればいいと思っています。ひとつひとつの出来事を考え続けてほしい。そして、人間は〈死〉に向かう動物だということを忘れないようにしないと、〈生〉さえ無駄になってしまうんです」

トルストイ作「イワンのばか」は正直者の末弟が最後に幸せになる物語だが、大森監督の「タロウのバカ」を寓意・寓話と呼ぶにはハード過ぎる。劇中、日本を代表する舞踏集団「大駱駝艦」の儀式的なパフォーマンスが挿入されるに及び、神あるいは死者のお話なのかもしれないと勝手に思い始めたのだが、そんな感想に大森はこう答えた。

「大駱駝艦のシーンを入れたのは、ひとつには、舞踏を観ていると元気が出るんですよね。舞踏は、違うものと違うものを積み上げていって作品になる。観客は、それにどう反応するかだけを問われる感覚があります。それと“異形の人”を映画で扱うことが少なくなりすぎだとも感じていて。でも、異形の人たちの存在は見世物の原点にあったはずなんです。今回、試写をご覧いただいて寄せられたコメントの中に〈神話〉という言葉があって、正直、戸惑ったところはあるんですけど、うれしくも思っています。たとえば狭い世界の恋愛みたいな、生っぽい演出をしている意識は当然ありませんでしたから」

時おり台詞が詩のように響き、鮮やかな画の数々にも目を奪われる。撮影の辻智彦は若松孝二のもとでも活躍した名カメラマン。今回はドキュメンタリー的手法を生かし、俳優が自由に動いた場面も多いという。また、大きな川と架かる橋の縦横のラインも印象的だ。さらに介護施設内の光景さえも、作り手たちの美学に貫かれていて目を背けられない。そして大友良英の音楽は、限られたシーンでのみ流れ、シタールの音色が象徴的に映画を彩る。もちろん主要キャスト3人を支える共演者も奥野瑛太、植田紗々、豊田エリー、國村隼ほか実力者ばかり。加えて、実際に障がいを持つ俳優たちの新鮮な演技も愛しく映る。

それにしても、YOSHIの50万人を超えるインスタグラムのフォロワーや、菅田や太賀に恋い焦がれ、憧れる男女は、「タロウのバカ」を観て何を思うだろう。答えのない世界と向き合って一緒に考え続けることができれば、それこそが一筋の希望となるはずだ。

「タロウのバカ」 ◎9月6日(金)~、伏見ミリオン座、ユナイテッド・シネマ豊橋18ほか全国にて公開 http://www.taro-baka.jp/

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