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架空の香港に出現した魔窟が、世界の在り様を解き明かす……!!


京都の劇団、ヨーロッパ企画が代表・上田誠の新作を携え名古屋にやってくる。2020~21年はコロナ禍に配慮し、予定していた全国ツアーを延期。今回久しぶりに各地を訪れる。劇団もファンも待望の時を迎えるにあたって生まれた新作は、その名も「九十九龍城」。香港の名所「九龍城」に似ているが、ちと数が多い。上田に創作の経緯を尋ねた。

「香港や九龍城は昔からやってみたい題材でしたが、他にもストックはあるので、当初は別の新作を構想していました。でもコロナの影響で自分の意識も物事の流れも変わっていった頃、2006年に上演した『Windows5000』を思い返し、ああいう家の中を覗き込むような作品がいいんじゃないかと思い始めて。ステイホームしている自分の気持ちとつながったのかもしれませんが、今できる演劇はそんな感じかなと。ただ、『Windows5000』は静と動で言えば静の演劇ですが、劇団で久々に集まるなら演劇らしい、もう少し肉感的なエンタテインメントをやりたい想いもありました。また、このご時世なかなか海外に行きづらいので『ここではない場所』やファンタジーの世界に誘えたほうが楽しいんじゃないか、物語の中くらいはあまりリアルじゃないほうが今やる演劇としてはいいんじゃないかという肌感覚もありました。結果、九龍城をモチーフにした香港的、アジア的な『魔窟劇』に行きついたんです」

魔窟劇!? 耳慣れない演劇のジャンルに困惑させられる。さらに話を聞いていくと、劇団や小劇場演劇に対する上田一流の視点が見えてきた。

「そもそも僕は演劇、特に劇団の公演を観に行くのって、未踏の領域に入っていくようなものだと思っているんですよ。劇団は部族=トライブのような存在で、その人たちが作っている独自の文明みたいなものを、その領域に足を踏み入れて観に行く感覚があるんです。今回、僕たちを初めて観る、あるいは久しぶりに小劇場演劇を観るお客さんがいるとして、ヨーロッパ企画というトライブを観る感覚と九龍城の魔窟に踏み込む感覚とがリンクしたら面白いなとも考えました」

九龍城は歴史的な城塞である半面、かつて跡地に世界最大級のスラム街が形成されたことでも知られる。写真集になるほど人を魅了するところがあり、その息吹を新作に取り込もうと上田たちは模索している。

「例えば、凄い量の荷物を載せた自転車とか、集合住宅から洗濯物がニョキニョキ出ている感じ、空中にはみ出すように違法建築された様子……。香港的、アジア的な『はみだしていく勢い』や過剰性に、ある種の憧れがあるんです。SNSなどが発達した今、僕らはなんとなく様子をうかがいながら発言したり、過剰に配慮することが多くなった。それは成熟しているとも言えるけど、昔の香港なり、香港映画がジャッキー・チェンらで盛り上がっていた頃の作品を観ると、おそらく超法規的な撮影をしたシーンが多々ある。そのエネルギーや熱量への憧れですよね。九龍城の写真集や昔の香港映画を観ていて、ふつふつと湧き上がる感情に気づくと、自分の中にもアジアの血みたいなものが眠っているんだなと感じるんですよ。稽古場ではみんなで香港映画を見たりしながら、そこに流れる空気感を嗅ぎ取ってアジア成分を高めています」

作・演出を手掛ける上田誠

ちなみに、九龍城に「九十」足したのは、2019年の前作「ギョエー!旧校舎の77不思議」と少し連続性を持たせたとのこと。上田は「『ザ・ヨーロッパ企画』という感じもあるでしょ?」と笑う。この劇は、あくまで九十九龍城を舞台にしたフィクションというわけだ。では、一体どんな内容になるのだろう。

「設定は、魔窟に踏み込む刑事たちの物語。架空の香港で爆破事件が起こり、内偵捜査するというか、パソコン画面を使って監視するんです。いわゆる香港ノワールのような、黒社会と刑事が闘う映画のムードですね。他に登場するのは安宿の大家さん、宿泊する滞在者、無許可の工場の従業員、盛り場の踊り子や客……。俳優は一人何役も演じます」

前代未聞の魔窟劇では舞台装置も期待が膨らむ。メンバー総出で作り上げた苦労の結晶であるのはもちろんだが、作品の核が表出したという意味でも見モノとなる。

「アジアの建築は、人間の営みと建築が同化しているというのか、欲望がそのまま建築に反映されているというのか、ここに増築したいから増築するんだという意思を感じます。違法建築だからこそ成立している面もあって、タワーマンションを買いたいという欲望とは違いますよね。今回は、人間も描くし建物も描く。そのふたつが有機的に連動しているイメージになればいいなと思っています」

ところで、事件は解決するのか、劇は何らか結論を迎えるのか。野暮を承知で聞いてみると、上田から驚くべき答えが返ってきた。

「最後は、世界の在り様がすべて究明されます」

なんと!!

「壮大な劇になっていますが、これは良い傾向です。 (岸田戯曲賞受賞作の)『来てけつかるべき新世界』の時も小さいテーマから始めて、気づけば大きな世界になった。今回も魔窟に住む人たちの営みを描くつもりが、わりと大きな世界に広がっていったんです」

これはもう、傑作の予感しかしない。
ヨーロッパ企画
「九十九龍城」
2022年2月3日(木)19:00
名古屋市芸術創造センター

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