ロシアの伏魔殿にカメラ初潜入
2年前の2013年、ロシアのバレエ団で硫酸による傷害事件が起きたことを覚えているだろうか?このニュースは世界三大バレエ団のひとつ、ボリショイ・バレエ団のスキャンダルだったため全世界を驚かせ、日本でも新聞やテレビで報道された。その大事件を真正面から取り上げたドキュメンタリー映画「ボリショイ・バビロン」が公開される。
創立240年、ダンサー&スタッフ総勢3000人以上。ロシアの至宝として国民に支持されてきた巨大組織、ボリショイ・バレエ団の舞台裏にカメラが入ること自体が史上初の快挙だ。そこにはマリーヤ・アレクサンドロワ、マリーヤ・アラシュ、スヴェトラーナ・ザハーロワといったスターダンサーの姿があり、バレエの代名詞とも言える「白鳥の湖」からスウェーデンの鬼才マッツ・エック振付によるコンテンポラリー作品「アパルトマン」まで、多彩な演目に触れられるのも嬉しい。ただし、映画の焦点は問題の事件に絞られていく。
ボリショイ・バレエ団の元スターダンサーであり芸術監督であるセルゲイ・フィーリンが、覆面をした何者かによって顔に硫酸を浴びせられたというのが事件の大筋。フィーリンは失明するかもしれない重傷を負い、やがてソリストのパーヴェル・ドミトリチェンコが主犯格として逮捕される。内部の犯行であることも衝撃的ならば、動機が配役に関する芸術監督とダンサーたちの対立というのも世間を震撼させた。しかも、そこから背景にあった勢力争いや嫉妬、あるいは横領や賄賂、痴情のもつれといった醜聞も明るみに……。
題名にある“バビロン”の言葉が示唆するとおり、ボリショイ・バレエ団の栄光は悪徳の上のものであったというワケだが、ドキュメンタリー映画としては当然、様々な立場の人たちに取材しているので、誰を善人とも悪人とも単純には分けられない。専制君主のようだと批判もあったフィーリンは被害者でありながらどこか不気味で、奇跡的な現場復帰も、立派というよりは異様な執念を感じさせる。
冒頭、ロシアといえばボリショイとカラシニコフといったフレーズが飛び出すが、美の最高峰にあるバレエ団と旧ソ連時代を象徴する武器が並びで語られるのは、皮肉というのか自虐というのか。バレエ関係者だけでなくメドヴェージェフ首相など政治家も絡む映画だけに、「ボリショイ・バビロン」はロシアという国そのものを映しているのだろう。
「ボリショイ・バビロン 華麗なるバレエの舞台裏」 ◎10月3日(土)~、名演小劇場にて公開 http://bolshoi-babylon.jp/